一見すると、「実習生と主力教諭はそもそも異なる立場なのだから、比較するものではない」と思う人もいるかもしれない。しかし、ドイツの教育現場(学童・幼稚園・保育園)では、慢性的な人員不足により、主力教諭だけでなく、実習生のサポートが不可欠になっているのが現状だ。
ただし、どれほど優秀で意欲的な実習生でも、「責任」を持つことが許されないため、法律上、資格を持った人には到底敵わない。
実習生の存在なしでは成り立たない現場
実際の現場では、日々の業務の多くを実習生が支えている。監督義務の補助や子どもたちの遊び・学びのサポート、食事や宿題のサポート、送り迎え時の補助、保護者対応の補助など、実習生がいることで業務がスムーズに回っている。実習生がいなければ、主力教諭の負担は一気に増し、現場の運営が立ち行かなくなるほどだ。
だからこそ、日本のように実習生の役割がそこまで大きくない教育現場は、一体どのように回っているのだろうと不思議に思う。
責任を持てない実習生と、責任を負う主力教諭
このジレンマに苦しむのは、実習生を活用しながら働く私たち主力教諭だ。
実習生時代、同じチームの主力教諭が「私は一人でこのチームを支えている」と言うのを聞くたびに、私は「自分も同じ気持ちで働いているのに」と、悔しくも悲しい、なんとも言えない気持ちになった。
そして今、主力教諭になった私は、グループ担任の主力教諭が自分だけだった時、かつての同僚とまったく同じ言葉を口にしていた——
「私は一人だ。」
この言葉が意味するのは、責任の重さだ。実習生には何か問題が起きたときの責任を負わせることができない。そのため、「(責任を負う立場として)私は一人だ」ということになる。
優秀な実習生でも、一人で子どもを任せられない理不尽さ
実習生は、個人差があっても多くは主力教諭に準ずる熱量で働いてくれている。それでも、責任を持つ立場ではないため、できる仕事には常に制限がある。
猫の手も借りたいような現場で、「この優秀な実習生に数人の子どもを一人で見てもらえればどれだけ助かるか!」と何度思ったことか。しかし、もし何かあった場合、責任を取るのは私だ。
資格を持っていれば、たとえ使えない教諭であっても需要がある。なぜなら、子どもを任せることができるからだ。
逆に言えば、教育系の資格は取っておいて本当に損はない。 ここには終わることのない需要がある。たとえスキルが不十分でも、資格があるだけで必要とされるのが現実なのだ。
この現実が、私たちの現場に重くのしかかっている。
ちなみにトップの写真はこの記事に何も関係ないのだが、子どもと体育館で遊んだ際、引っ張り出した綱を元に戻す方法がわからなく、職場チームのチャットに『綱の戻し方がわからないんだけど…ヘルプ!』と書いた時の写真である。
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