刺激を求めて争いを生む人たち―退屈な人がトラブルを作る理由

日記

以前書いた記事とも重なる話ではあるが、最近身の回りで起こった出来事をきっかけに、ある考えに至った。

 

退屈な人は、刺激を求めるあまり、自ら問題を作り出し、結果として周囲に迷惑をかけることがあるのではないか。

 

たとえば、私の職場である学童保育に、他のクラスの保護者でとても攻撃的な母親がいる。

いつも何かにつけて文句を言いに来るのだが、その態度は時に悪意すら感じるほどで、教師をヒーロー扱いし、学童保育士に理不尽な言いがかりをつけたりすれば、何かの拍子に全く逆の態度を取ったりする。

外部の人を巻き込んで話をややこしくすることもあり、見ていて「常に誰かと戦っていたいのか」と感じるほどだ。

 

この話を聞いたとき、率直に思ったのは、「この人、暇なんだな」ということだった。

 

そのとき真っ先に思い出したのが、学校で毎日のようにケンカをしている女の子たちのことだ。

些細なことで仲間外れにしたり、大人に言いつけたり。これもまた、退屈の裏返しではないだろうか。本当に、ケンカして暇つぶししているのである。

実際、私の同僚も最初のうちはその都度仲裁に入っていたが、あるときから「このケンカに私、必要?」と尋ねるようになった。

すると子どもたちは「大丈夫、自分たちで話し合うから」と返すように。たいていのケンカは、わざわざ大人が入らなくても収まる程度のものだったのだ。

 

男の子の場合も、退屈になるといたずらを始めることがある。立ち入り禁止の場所に入ってみたり、わざとルールを破ってみたり…。大人の目を引くことが「刺激」になっているのかもしれない。

 

 

こうして見ると、子どもも大人も、「退屈」という感情がきっかけで、問題を起こしたり、無意味な争いを生んだりすることがあるように思う。

だからこそ、大人である私たちがすべきなのは、子どもができるだけ多くのことに興味や関心を持てるようサポートすることだ。

そのために、私は引き出しの多い人間でありたいし、子どもの小さな「好き」や「楽しい」に敏感でいたいと思う。

 

 

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